涙と笑顔が入れ替わっても大丈夫。“戻っているように感じる日”こそ、深い癒しが進んでいる証。
■悲しみは波のように揺れながら癒えていく──“戻る感覚”を責めないで
大きな悲しみの中にいると、
心は真っすぐには回復していきません。
昨日は少し笑えたのに、
今日は涙が止まらない。
「また沈んでしまった」
「昨日より苦しい…」
その揺れを、
まるで後退しているかのように感じてしまう。
でもそれは、
“治っていないから”でも
“進んでいないから”でもありません。
悲しみは、波のように揺れながら
深い部分から整っていくものだからです。
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■人は“揺らぎ”で癒えていく
量子力学では、
人間の心や感情は「揺らぎ」で成り立っていると考えられています。
つまり、
感情が揺れるのは壊れている証ではなく、
本来の自然な姿。
波があるからこそ整い、
波があるからこそ前に進む。
悲しみは、階段をのぼるように
一直線には癒えません。
前に出て、
少し戻って、
また前に出るーー
その繰り返しの中で、
心は確実に変化していきます。
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■私も、波の中でもがきながら進みました
主人を亡くした直後、
私は毎日のように揺れていました。
泣き続けた日もあれば、
家事が進む日もあって。
「今日、少し息がしやすい…」
そう思えた翌日は、
何もできなくなる日が必ず来た。
進んだと思ったら、沈む。
笑えたと思ったら、泣く。
そのたびに、
「前に進めていない」
「弱いんじゃないか」
と悩みました。
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■子供たちとレストランへ行った日の“二つの波”
ある日、子供たちが
「パパとよく行った〇〇レストランに行こうよ!」
と誘ってくれました。
きっと、子供達なりの優しさでした。
私を笑顔にしたかったんだと思います。
車の中で、
「今日は少し前に進めるかもしれない」
そんな期待と希望を感じたことを覚えています。
そして、思い出のレストランへ。
3人で食事をしながら、
子供達はたくさん話しかけてくれました。
私は笑顔で
「おいしいね」と返しながら
母としての顔を保っていました。
でもーー
心の中では、全く別の海が波立っていました。
味を感じない。
温度も食感も曖昧で、
ただ飲み込んでいるだけ。
その空間は
慰めではなく、
私にとっては“地獄”のようでした。
「早く帰りたい」
心はその言葉でいっぱい。
でも子供達の想いを考えると、
席を立つこともできない。
その瞬間の私は、
外側では笑顔なのに
内側の心は深い海底に沈んでいました。
そしてふと
笑顔で過ごす自分に
「もしかして立ち直ってきた?」
と錯覚する瞬間もあった。
だけど、
家に戻り静かになった部屋で
心に問いかけても
何の答えも返ってこなかったんです。
あれは、
“波の揺れ”そのものでした。
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■揺れているあなたへ
もし今のあなたが、
・涙が止まらない日
・何もしたくない日
・昨日より苦しい日
・立ち直れたと思えば崩れる日
そんな日々にいるなら、
それは「戻っている」のではありません。
あなたが深い部分へ
癒しを届けている“途中”なんです。
波は、揺れながら岸へ向かう。
あなたも同じです。
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■あなたのペースで大丈夫です
悲しみは計算できません。
時間や段階で測れるものでもありません。
今のあなたの呼吸のまま、
歩幅のまま、
揺らぎのまま。
どんな形の感情でも、
そのままで来てください。
言葉にならない苦しみも
涙だけの日も
声にできない想いも
私は聴きます。
あなたが“一緒に歩きたい”と思えた時、
扉を叩いてください。
大丈夫。
揺れていい。
揺れながら進めばいい。
あなたは、必ず光へ向かっています。