悲しみの中で、心が少し揺れ始めた日

悲しみの中で、心が少し揺れ始めた日

楽しんでもいいのかと迷った先にあった、小さな解放

悲しみの中にいると、

自分が「少し変わってきていること」に

ふと気づく瞬間があります。

それは回復でも、

立ち直りでもありません。

ただ、

感情の波の質が変わり始める

そんな感覚です。

主人を亡くしてから、

だいぶ年月が経った頃のことでした。

友人から

「そろそろ飲みに行こうよ」と

声をかけられました。

その時、私は初めて

「あれ…私、ずっとお酒を飲んでいなかったな」

と気づいたのです。

禁酒しようと決めたわけでもない。

我慢していた自覚もない。

ただ、

飲みたい気分にならなかった。

それだけでした。

友人とお酒を飲みながら過ごす時間は、

以前の私にとって、

大切で、楽しい時間でした。

けれどその頃の私は、

その“楽しさ”に

まだ触れる気分ではなかったのです。

「そろそろ解禁してもいいんじゃない?」

「楽しもうよ」

友人は、

半ば強引なほどの優しさで

誘ってくれました。

その時の私の感情は、

とても複雑でした。

飲んでいいのかな。

楽しんでいいのかな。

本当に、楽しめるのかな。

そんな問いが、

胸の奥で静かに揺れていました。

それでも、

友人のあたたかな波動に包まれているうちに、

ふと、力が抜けたのです。

「…まぁ、いいか」

「今日は楽しもう」

そんな、

かつてのゆるやかな私が

そっと戻ってきた感覚がありました。

心の底から楽しめていたかといえば、

正直、まだそこまではいきません。

でも、

その場に“いられる自分”を

私は初めて、赦すことができました。

悲しみを抱えたままでも、

誰かと同じ時間を過ごしていい。

完全じゃなくても、

笑ってもいい。

そうやって、

少しだけ自分を解放できた

あの時の私を、

今は、そっと褒めてあげたいと思います。

グリーフの中で起きる変化は、

とても静かで、わかりにくいものです。

だからこそ、

「こんな自分でいいのかな」

「変わってしまっていいのかな」

そんな揺れが生まれます。

でもそれは、

裏切りではありません。

それは、

悲しみと共に、生きる力が芽吹き始めた証。

揺れながらでいい。

行ったり来たりでいい。

この場所では、

その揺れを否定せず、

一緒に見つめていきます。

悲しみがあるままでも、

あなたは、ちゃんと生きています。

そしてその感覚に気づけたこと自体が、

すでに、大切な一歩なのです

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