同じ森でも癒される日と疲れる日の違い

自然が映し出してくれた、魂の記憶と愛の時間

同じ場所にいても、

同じ景色を見ていても――

「今日は心が癒される日」と

「なぜか胸が苦しくなる日」があります。

――

それには、ちゃんと意味があります。

私は、かなり昔のことですが、

約3年間、高齢の方の車椅子での外出を

サポートしていた時期がありました。

その方のお気に入りの場所は、

近所の小さな公園でした。

公園の外壁には、ずっと手すりが続いていて、

そこにつかまりながら、歩行の練習をされていました。

最初は、立つこともままならない状態。

それでも少しずつ、少しずつ――

一歩、また一歩と歩数を増やしていかれました。

自然の中でのリハビリを、

心から楽しんでおられた姿が、今でも忘れられません。

風が強かった次の日には、

たくさんの松ぼっくりが落ちていて。

それを私は、

「大きなボールだよ😊」と言って、

投げてもらい、肩や上半身の運動に使いました。

笑いながら、楽しみながら、

身体を動かす時間。

鳥がさえずり、

手すりに止まって、まるで応援してくれるような日もありました。

風、光、木々の音…。

自然に包まれながらの時間は、

その方だけでなく、

私自身の心と身体も癒してくれていました。

「私のほうこそ、元気をもらっているなぁ…」

そんなふうに感じながら、

感謝に満ちた日々を過ごしていました。

――そして。

その方が亡くなられてから、

何年も経ったある日。

私は、久しぶりに

あの公園を訪れました。

すると、不思議なことに…

あれほど輝いていた場所が、

まるで“カラーからモノクロ”に変わったように

見えたのです。

風も、どこか冷たくて、激しく感じられて…。

胸の奥に、静かな寂しさが広がりました。

「懐かしいな…」

「楽しかったな…」

「今天国で、自由に歩いて、

行きたいところへ行っているかな…」

そんな想いが自然とあふれてきました。

そして私は、心の中でそっと伝えました。

「たくさんの時間をありがとう」

「お世話になりました」

「本当に、ありがとう」

そう言って、公園を後にしました。

――この体験を通して、私は強く感じました。

自然は、いつも同じ周波数で

私たちを包んでくれています。

変わっていないのは、自然。

変わるのは、

その時の私たちの“心の状態”なのです。

心が満たされているときは、

自然は優しく微笑みかけてくれる。

悲しみや喪失を抱えているときは、

自然は静かに、その想いを映し出してくれる。

それは決して、

つらくさせるためではありません。

「あなたの気持ちに、ちゃんと寄り添っているよ」

そんな魂からのメッセージなのです。

癒される日も、

胸が締めつけられる日も――

どちらも、

あなたが真剣に生きてきた証。

誰かを大切にし、

誰かと心を通わせてきた証です。

だから、もし今――

自然の中にいても癒されない日があっても、

自分を責めないでください。

それは、

魂が休息を求めているサイン。

あなたが優しい証なのです。

自然は、いつもあなたの味方

そして、あなたの歩んできた人生も、

すべてが尊い光です🌿

今日も、ここまでよく生きてきましたね。

あなたは、ちゃんと

愛と光の道を歩んでいます✨

今日まで生きてきたこと自体が、

奇跡であり、祝福です。

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