グリーフケアという優しい視点
「もう一度会いたい。」
そう願ったことはありませんか。
大切な人との別れは、人生の中でも言葉では表せないほど大きな悲しみです。
時間が経てば楽になると言われても、命日や誕生日、何気ない日常の中でふとその人を思い出し、涙があふれることがあります。
心理学では、この深い悲しみを「グリーフ(悲嘆)」と呼びます。
グリーフとは、大切な存在を失ったことで心や身体に起こる自然な反応です。
眠れなくなったり、何も手につかなくなったり、自分を責めてしまったり…。
そのすべては、それだけ深く愛していた証でもあります。
近年のグリーフケアでは、「忘れること」が癒しではないと考えられています。
大切な人との絆を心の中で育みながら、生きていく。
それも一つの癒しの形なのです。
私にも、今でも忘れられない出来事があります。
主人が余命6か月と宣告され、ちょうどその6か月が近づいていた頃のことです。
私は毎日病院へお見舞いに行き、他愛もない話をして帰る。
それがいつもの日課でした。
その日も、いつものように
「じゃあ、もう家に帰るね。」
そう声を掛けました。
すると主人が、珍しく
「だめ〜。」
と言ったのです。
「珍しいなぁ。」
そう思いながらも、子どもたちが帰ってくる時間だった私は、
「なに甘えてるの〜。」
なんて笑いながら、いつも通り病室を後にしました。
まさか、それが主人と交わす最後の会話になるとは思ってもいませんでした。
翌日、主人は旅立ちました。
今でも時々思います。
あの時、もう少しそばにいればよかった。
もっと話を聞いてあげればよかった。
もっと手を握っていればよかった。
「もっと…」
そんな後悔が、何度も心に浮かびます。
大切な人を失った方なら、この「もっと…」という気持ちがどれほど苦しいものか、きっと分かっていただけるのではないでしょうか。
だから私は、涙を止めませんでした。
悲しい。
寂しい。
会いたい。
後悔している。
心の奥からあふれてくる感情を、「こんな気持ちになってはいけない」と押し込めるのではなく、そのまま感じる時間を大切にしました。
一人で声をあげて泣く日もありました。
そんなある日のことです。
涙が止まらずにいた時、突然携帯の通知音が鳴りました。
開いてみると、一人暮らしをしている息子からLINEが届いていました。
「今日の占い、魚座が1位だって!良かったね😊」
息子は、私の星座が1位の日だけ、たまにこんなメッセージを送ってくれるのです。
思わずクスッと笑ってしまいました。
さっきまであんなに泣いていたのに。
不思議と涙が止まっていました。
そんなことが一度だけではありません。
「今日は思い切り悲しもう。」
そう思っている日に限って、子どもたちから連絡が来たり、誰かが訪ねてきたり、思わず笑ってしまう出来事が起きたり…。
私には、まるで主人が
「そんなに泣かなくて大丈夫だよ。」
「笑っていて。」
そう伝えてくれているように感じられる瞬間が何度もありました。
もちろん、それを証明することはできません。
偶然だったのかもしれません。
でも、私にとっては、その偶然が心を少し軽くしてくれる大切な出来事でした。
子どもたちが独立し、
「これでやっと思う存分悲しめる。」
そう思っていたのですが、どういうわけか、いつも泣き続けることができない出来事が起こります。
今では、リビングのお仏壇から主人が
「また泣いてるな。」
なんて笑いながら見守っているのかな、と微笑ましく思うこともあります。
私は、亡くなった大切な人とのつながりは、肉体がなくなったからといって終わるものではないと感じています。
姿は見えなくても、その人を思う気持ちも、受け取った愛情も、共に過ごした時間も、これからの人生を支える大切な力になっていくのだと思うのです。
もし今、大切な人を失った悲しみの中にいらっしゃるなら、無理に元気になろうとしなくても大丈夫です。
涙が出る日は、たくさん泣いてください。
会いたいと思う日は、その気持ちを大切にしてください。
そして、いつの日か、ふと笑顔になれる瞬間が訪れたなら、それは悲しみが薄れたからではなく、大切な人との愛が、少しずつあなたの心に優しく根づいてきた証なのかもしれません。
あなたは、ひとりではありません。
大切な人との絆は、これからもあなたの人生の中で、静かに、そして温かく生き続けていくと私は信じています。